2008年04月11日

チベット問題と人権



「もちろん、チベット族が自分たちの気持ちを表現することは、彼ら次第だ。誰にも『黙れ』というような権利はない。チベット内の問題の根源のひとつは、あの場所に言論の自由がないことだ。今回の危機は彼らの深い怒りの表出だ」 上記AFPニュース引用

とダライ・ラマ14世は述べられています。
独立したいと言ってるんじゃなくて、基本的人権を保障しておくれと。
そりゃ、人権先進国の欧米諸国は中国に対して反発しますわな。中国・・・この先世界でお商売していけますか?今のままで・・・。

1989年、中国民主化運動の時に中国政府に捕まっちゃった運動家の人を「釈放して。拷問しないで。」とせっせとハガキを書いていた時期があります。「アムネスティーインターナショナル」ってところを通して。

何でそうなっちゃったかと言いますと・・・。
am1.bmp

1988年 9月27日東京ドームでアムネスティー主催の人権コンサートが行われていたからです。???[???i?????????j
U2のボノをはじめとして、スティング、ピーター・ガブリエル、ボブ・ゲルドフ、マドンナ、ブルース・スプリングスティーン、そのほか多くのミュージシャンが参加していたのでした。
日本からは宇崎竜童さんが参加していました。

二十歳代のほんのわずかな時期でしたが、人権ってものを考えた時期でした。その後、「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」が起こって政治犯でなくどう考えても許せないような犯罪に対しての死刑判決と死刑廃止の運動と自分の中で解決できなくなりアムネスティーの活動はしていません。
am2.bmp人生の中の若い時期に人権について考える時期が得られた事は本当に幸運だったと思います。あれから20年たったのですね。
日本の人権意識って、どんなものでしょう。
机を並べて学ぶ友達に対しての「いじめ」 
共に働く同僚に対しての「いじめ」 
インターネット上での「いじめ」
雇用主が労働者に対して馬車馬のように働いて過労死、または植物状態になっているのに「勝手に働いてんだから」と言う言い草。
日本は人権後進国ですね。


ある所で「日本の自由は、日本国という定められた範囲内の中で自由」だと言う書き込みを見ました。
・・・信じられない。いったい学校で何を教えているのです?

自由権Wiki
国家から制約を受けまたは強制されずに、自由にものを考え、自由に行動できる権利です。

さてさて、中国に対して日本はどんな態度を取れるのでしょうか。
「ねぇねぇ、人権について一緒に学んでいきましょうよ。」かな。

人権擁護局

アムネスティーインターナショナルジャパン
posted by charon(amonohi) at 12:38| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 基本的に人権とはまずは感性に依存する認識、行動だと思います。その感性を豊かにしなければ、何を教えてもダメでしょう。その上に、「何的」自由を考えていくべきです。
 チベットの問題は、政治的論理が人権問題の上位に位置づけられた結果です。権力の擁護は常に人権に勝るというのが歴史です。これを中国がストレートに示したわけで、世界に自分の愚かさを自認したようなものです。ここまでくると、オリンピックも白けますね。
 しかし、そうした状況に待ったをかけるのは、立派な政治家を選択すること、駄目な政治家はどんどん落選させることです。
 結局、その国の国民の意識の反映が人権状況を決定する一側面でもあるといえるのではないでしょうか。
 その土台にあるのは豊かな感性です。そこではぐくまれる人権感覚が本物のものだと思います。
Posted by おじさん001 at 2008年04月11日 20:53
日本の将来はどんなでしょうか。
中国の人権がどうのこうのと言っていられなかったりして。
Posted by amenohi at 2008年04月11日 22:22
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