2007年08月31日

「ワールド・コミュニティー・グリッド」(WCG)

以前にこのブログにも書きましたが、今年の4月の終わりでしたか、UD の GRID が終了していました。

自分のPCのCPUの余力を利用して薬の分子を探すための計算のお手伝いをするわけなんですが、再開されていました。

それで、またお手伝いしようと登録、ダウンロード、インストールまでは無事に出来たのですが、宿題が受け取れない・・・?????????`?i?????????j

私は、Windows XP をたいへんしょぼいメモリで使っています。
たとえオンラインゲームでキャラがトロトロ動こうが、私にはこれで充分だわい!と頑なにしょぼいメモリを通してきたのです。

今度のソフトはUDの時より、いろいろ機能が付いていて面白い・・・メッセージが送られてきて、

「宿題には○○○MB必要なんだけど、あんたのPC、○○○MBのメモリしかないんだよ」

「あんたに出せる宿題は無いね???????i?{???j

と、断ってくるんです?????`?i???_???????j

自分に合ったGRID を選べばいいのですが、せっかく増設できるのだし、メモリ買いましょっ?h?????n?[?g

・・・と、必死に夫さんを説得中。

デング熱など感染症の治療薬開発に、PCの余力を貸して

 デング熱、西ナイル熱など感染症の治療薬開発に、あなたのパソコンの余力を貸して下さい――。米IBM、テキサス大などが中心となり、世界中のパソコンユーザーにそんな呼び掛けを始めた。

 これらの病気の有効な治療法は見つかっておらず、年に千人単位の死者が出ている。原因ウイルスの増殖を妨げる新しい抗ウイルス薬になる分子を探すにも、膨大な計算が必要だ。

 そこで、世界中のパソコンをインターネットで接続し、余った計算能力を活用して一つの巨大なコンピューターのように動かす「ワールド・コミュニティー・グリッド」(WCG)と呼ばれる仕組みを利用する。

 世界で約32万人が参加しており、たんぱく質解析などの実績がある。今回は、薬になりそうな分子の候補を探し出すのにかかる時間
必要なソフトウエアは、WCGのサイトでダウンロードできる。

 多数のパソコンを結んで大規模計算をするプロジェクトとしては、他に地球外生命探しも有名。
2007年08月29日 asahi.com


WCG 登録・ダウンロードサイト

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タグ:GRID WCG
posted by charon(amonohi) at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2007年08月29日

また奈良から大阪へ救急搬送

私は子供はいないのですが、過去に妊娠した事があり、その時に診てもらった産婦人科の先生に「ここで生みますか?」と訊かれ、心臓に自信の無い私は「大阪の循環器の病院でお願いしたいと思います。」と答えた覚えがあります。実家からそう遠くない所なので。

「何も大阪まで行かなくても奈良にも良い病院はあります」とか、そんな答えだったように思うのですが・・・


受け入れ難航、救急車事故 大阪、打診10カ所で妊婦は死産

 29日午前5時10分ごろ、大阪府高槻市富田丘町の国道171号交差点で、奈良県橿原市の女性(36)を搬送中だった救急車と、大阪府茨木市の自営業男性(51)の軽ワゴン車が衝突した。女性は妊娠3カ月で、別の救急車で午前5時50分ごろ病院へ着いたが、死産が確認された。女性らにけがはなかった。

 奈良県の中和広域消防組合によると、女性は同日午前2時45分ごろ、出血を伴う腹痛を訴え119番。産婦人科を探したが、奈良県では受け入れ先が見つからず、10カ所目に打診した高槻市の病院へ搬送する途中だった。

 高槻署の調べでは、救急車は赤色灯をつけて直進。青信号で交差点に進入した軽ワゴン車とぶつかった。同署は双方に落ち度のない事故で、事故と死産の関係は分からないとしている。

 奈良県では昨年8月、大淀町の病院で分娩中に意識不明になった女性が、約20の病院に転院を断られ死亡している。

2007/08/29 12:43 【共同通信】


また、こんな事がおこってしまいました。
奈良では安心して子供を生めないのでしょうかねぇ。

何でまた、大阪くんだりまで運ばれて事故に遭って赤ちゃん亡くさないといけないのかねぇ。

奈良に住んで、子供を儲けて家庭を作りたいって若いカップルが寄り付かなくなりますよ。

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posted by charon(amonohi) at 14:38| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース | 更新情報をチェックする

2007年08月25日

電話の事あれこれ

世の中の人はきっと、新しい携帯電話の機種やサービスができると、どんどん利用されているのでしょうねぇ。

私はネットはPCでするし、携帯電話といえば電話とメールが出来ればそれで充分で、実家や親戚、夫になんかあって私が家に居ない時に大事な道具になるくらいの物です。最近は母の健康上の事でいろいろあるので連絡道具としての携帯の重要度が増してきたわけです。

ところが電話とメールが出来れば良いと、機種も変えずにもう何年もいたもんだから、私の携帯電話はいまだに J-PHONE なんです????????
しかもプリペイド式です。

今のところ元気に機能していてくれるので何とか安心して使っているのですが、いつ通話が出来なくなってもおかしくない御老体ゆえ、そろそろ買い換えようかなぁ・・・と。

ワンセグとかモバイル何とかに興味が無いので、このままプリペイドで機種変更に踏み切ろうか考え中。

そうそう、話は違いますが
NTTコミュニケーションズさんってIP電話の電話セールスを何回断ればかけてこなくなるのでしょうか。
今で5回目くらいかな?????`?i???_???????j

お仕事でしていらっしゃるのでしょうから、なるべく切れないように気をつけていますが、夕食の支度や家事等で家の中が戦場と化している時は怒り炸裂するかもしれませんが、その時はご了承くださいませ。

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posted by charon(amonohi) at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2007年08月23日

病抜け

入院生活をしていて他の患者さんとあれこれとお話しすると、似たような話をいくつか聞きます。

私の場合
1つ目  友達もしくは家族と楽しい旅行計画などを立てて準備万端整え、後はその日を待つのみって時に、思わぬ大怪我をしてしまった。

2つ目  ここ数年(3年から4年の間)いろいろな所が次々に悪くなって退院したかと思うとまた次の入院。「もういい加減病抜けしないといけないわぁ」

・・・この2つを偶然なのか、よく聞きました。

実は母がこのところ調子が悪くて昨年の暮れに入院手術をして、やれやれ秋頃には紅葉のきれいな所にでも遊びに行くと良いと思っていた所へ、今度は足の手術をしないといけないらしいのです。

どうも私を含めて私の実家は母、そして弟も入院手術続きなのです。
入院中によく聞いた話の2つ目、「もういい加減病抜けしなあかんわぁ」って心境なんです。

とりわけ母はもう高齢にさしかかっていて、あちこち切ったり貼ったりしてあげるのは勘弁してあげたいのですが、今回は足の事なので寝たきりにさせないためにも思い切って手術を受けることにしました。

足を治してリハビリをした後は、当分の間何も無い事を祈ってます。
若い頃たくさん苦労した人ですしね?????????`?i?????????j

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2007年08月19日

自己免疫疾患社会

血液の成分が少しだけ要注意な私です。
血小板がほんの少しだけですが、人より少ないのです。
血小板が少なすぎると血が止まらず命に関わるような事になったりするのですが、私の場合は怪我をした時など傷によったら人より絆創膏が1枚余分に要る程度です。

今回の手術でも術後、看護師さんにシーツをかえる手間を1回だけ取らせてしまう程度の血の止まりにくさです。

いったいどうして私は血小板が微妙に少ないのかと血液内科の先生に診ていただき、その際、膠原病を心配してくださり、検査をしてもらったのですが、どうも違うようです。

半年後にもう一度、血小板の数を調べて驚くほど少なくなっていたら、今度は骨髄の検査をしましょうか・・・って感じなのですが、もう何年も微妙に少ない状態なので、今から半年後に驚くほど少なくなる事は考えにくく、まぁ結局、血小板が微妙に少ない人という私の個性なんでしょうか。

将来どこか具合が悪くなって、切ったり貼ったりの手術の際には執刀医にこの事を伝えなきゃいけない事と定期的にでも血液検査をして血小板の量を気にかけておく事が大事ですね。

そんなわけで、膠原病など自己免疫疾患の事を調べていまして、ふと思いました。
今の日本って自己免疫疾患?

 お医者さんたちの受難

 病院内での暴力や暴言、恫喝(どうかつ)など「院内暴力」をよく耳にするようになった。

 加害者が患者や家族、面会人の場合と病院職員の場合とがあるが、最近増えてきたのは前者という。筆者が入院・手術を受けたことのある東京医科大学病院はその一つ。具体例を紹介すると−。

 最も多いのが外来患者からの暴力で、長い待ち時間にいらいらし、やっと順番が回ってきたとき「お待たせしました」と詫(わ)びなかった医師に腹を立て足蹴(げ)りした。

 糖尿病で通院中の患者が食事療法に取り組まないので医師が「このままでは失明しますよ」と忠告したところ「失明したら(医師の)目をくりぬく」と言って脅した。

 診察が順番通りではないとして大声を出して他の診察を妨害したり、ナイフを振り回す患者や「夫はマスコミ関係者だ。これからそちらへ行くのでタクシー代を払い、すぐに診察しろ」と電話で無理難題を吹っかける患者も。身の危険を感じ、一人で診察できなくなった女医もいる。

 「自分流の理屈をまくし立て、金銭や謝罪を要求するケースが増えている」と病院。直接の暴力など悪質なケースは月数件、暴力に至らない苦情まで含めると二百件近い。

 病院が迷惑行為や診療妨害に対して、転院勧告、場合によっては警察へ通報することを決めたのは当然だろう。

 米国での診療経験が長いコラムニストの李啓充医師は「米国では患者の権利を保障する代わりに患者の義務も求めている」と指摘する。

 患者の視点を離れ医療従事者の視点に立つと、世間ではあまり知られていない生々しい「院内暴力」の実態が見えてくる。
  2007年7月25日東京新聞(日比野守男)


何だか最近、日本人って暴力的?
医療に限らず教育の現場での「いじめ」や「モンスターペアレント」

自分自身の正常な細胞や組織に対してまで過剰に反応し攻撃を加えてしまう。

日本という社会の正常な個人や組織を過剰なまでに反応し攻撃を加えてしまう。

年間自殺者3万人・・・やがて日本という国は機能不全を起こして崩壊してしまうのでしょうか。

まるで自己免疫疾患の患者さんが何も手を打たれず倒れてしまうように・・・

医者と患者、先生と生徒。
患者や生徒は弱者で、弱者の権利は守られなければいけないのですが、近頃ちょっと過剰気味なのでしょうか。

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2007年08月17日

田原本散策

運転免許の更新をした帰りに、ついふらふら〜っと近鉄田原本の駅で降りてしまい、前々から行きたかった鏡作神社と唐古・鍵遺跡に行ってきました。

田原本の駅からやや東よりに北へ住宅街の道を行くと鏡作神社にたどり着きます。

kagami1.jpg
鏡作坐天照御魂神社
(かがみつくりにいますあまてるみたまじんじゃ)
古代から江戸時代にかけて鏡作師が住み鏡池で身を清めて鏡作りに励んだそうです。

午前中とは言えとても暑い中、年配のご婦人が熱心に参拝されていました。
私は神道の事は分からないのですが、もしかして正式な作法なのかなと。鳥居を出てからも一礼されていました。

kagami2.jpg
本殿

境内には、メジャーなガラス会社の名前が見られます。

鏡作神社から寺川を渡って国道24号に沿って北へ。
国道の東側に唐古池がありまして

唐古・鍵遺跡から出土した土器のかけらに描かれていた絵を元に復元された楼閣が建てられています。

kagikarako.jpg
池の所にこのようにして在ったわけではなく遺跡の象徴としてこのように復元されたわけですね。

この屋根のくるくる渦巻きは何なんでしょう。
そういえば、平城京跡資料館で見た「隼人の盾」にも逆S字のくるくる渦巻き。
時代は違うけど何か関係があるのか、ただ古代人は渦巻きが好きなだけなのか・・・興味は尽きません。
奈文研 隼人の盾

今はまだ整備されていなくて、たくさんの夏草にお出迎えされましたが、将来は唐古池の周りをジョギングしたりウォーキングしたりできるよう整備されると健康増進も兼ねた遺跡公園になりそうですね。

さて、それでは田原本の駅に帰ろうかと思いましたが、暑くて暑くて溶けてしまいそうだったので、もう少しがんばって唐古・鍵考古学ミュージアムに立ち寄りました。
館内の冷房でほっと一息ついてソフトクリーム食べて生き返りました。

唐古・鍵遺跡は弥生時代初期から古墳時代初期にかけて約600年続いた環濠集落跡です。
説明をしていただきながらたくさんの出土品を拝見しました。
ここの土質のせいか木製の道具などもほとんど完全体で出土しているのに驚きました。
全国でも珍しく、重要文化財にも指定されている牛形埴輪も展示してあります。
糸魚川産ヒスイの勾玉や日本各地の土器、埴輪の出土、大型建物の柱穴と柱の一部・・・
先日説明を聴きに行った脇本遺跡同様、近くに市もあってにぎわった集落だったでしょうね。

銅鐸を製造していたようで、銅鐸の鋳型も出土していますが銅鐸自体は出てこなかったそうです。
よく、瓦窯跡から瓦の失敗作が出土するように銅鐸の失敗作が出土してもよさそうなものなのに・・・

「弥生人銅鐸職人に失敗の文字はありません。全品完成品として各地に出荷しましたぁ〜」って事なのでしょうか。

唐古・鍵遺跡が衰退し始め時代は古墳時代に。
纒向(まきむく)遺跡へと。

唐古・鍵考古学ミュージアム

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タグ:遺跡 神社
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2007年08月14日

ホラーニュース

バイクで走っていて中央分離帯に接触して、膝から下が切断されたまま2キロ走っていたとか、エスカレーターに開いた穴に指先を挟まれ切断されたとか、切断ニュースが続き身の毛もよだっています。

背中にオゾゾが走ります。

若い頃にB級ホラー映画やスプラッター映画にはまっていたせいか、結構エグイ事を考える癖があります。

例えば
足の手術の傷口から糸くずが一本。あれ?これが先生が言ってた中で縫ってある糸のことかな?生態の正常な反応で体外に押し出されてきたのかしら・・・と、スルスルと引っ張り出すと1辺が30センチのガーゼが出てきた・・・

とか、

手術中、奈良県全域にわたって未曽有の大地震がおそい、手術室の看護士さんも先生方も絶命。
一人生き残った私は、激痛と共に麻酔から覚め、皮がめくり上げられ、筋肉と脂肪の間から金属プレートが外されかかった骨がむき出しになっている自分の足を発見するのであった。それは、さながら自己人体の不思議展のようであった。

とか・・・

そんな事を日常的に妄想している私でも、エグイニュースであります。

身の毛もよだつといえば、毎年暑い時期になるとインターネットで怪談話や怖い画像、怖い動画を漁っていたのですが今年はそういう気には何故かなりません。

「真景累ヶ淵」なんて話を読んでも「あー、やだやだ。元々は生きてる人間の身勝手やエゴじゃないの。何が怖いって人の身勝手やエゴに勝る物はないわ〜〜」って、覚めてしまいます。

そんな物は、明日の朝刊にしこたま載っとるわい・・・と。

毎日暑くて脳みそがメルトダウンしそうですが、放射性有害言語を撒き散らさないように、ぼちぼちとブログの更新をしていこうっと。

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2007年08月12日

脇本遺跡

脇本遺跡の事が知りたくて、橿原考古学研究所で行われている「大和を掘る25 土曜講座」に行ってきました。

近鉄大阪線 大和朝倉という駅の北東に脇本という所があって、そこを1980年代に「磯城・磐余の諸宮調査会」が調査した結果5世紀から7世紀にかけての巨大な建物群の跡が確認されたので泊瀬朝倉宮の有力な候補地とされました。

今回調査されたのは、国道165号線が拡幅されるのに伴った調査で80年代の調査地より西側の一段低い場所です。

大型掘立柱建物
80年代の調査の時のような大きな建物跡が出てくるとは思わずに掘っておられたようですが、予想を反して、一辺が1.2mの隅丸方形の柱穴、二列、7基、見つかりました。柱穴は調査地区の収まりきらずに、まだまだ続いていそうで、非常に大型で細長い建物のようで、柱穴の規模や西に20度振れている主軸から80年代に確認された建物群と一連のものである可能性が高いようです。

「磯城・磐余の諸宮調査会」が確認した泊瀬朝倉宮の候補地として有力な建物群は100mほど西に広がりました。

『姓氏録』には、朝鮮系の有力氏族である秦氏の祖先の秦公酒が、雄略天皇のときに、「諸の秦氏を役して、八丈の大蔵を宮の側に設けて、その貢物を納め」たので、朝倉宮の名がうまれたという話がある。また『古語拾遺』には、雄略天皇のとき、諸国から貢するみつぎの物が年々倉にみちあふれるので、大蔵を建てた、という話をのせている。これらの所伝はどこまで信じてよいか問題はあるけれども、初瀬に宮をおいた雄略朝において、河内におこった五世紀の政権は、一つのピークに達したと思われる。
「奈良 古代史への旅」直木孝次郎著 岩波新書 D94 ISBN4-00-413094-8

弥生時代後期集落
5世紀から7世紀にかけての大型建物跡の他にも、弥生時代後期から古墳時代初頭の竪穴式居住址6軒が確認されました。その中の一軒は一辺が8mを超える大型の竪穴式住居址で、床の面に炭化したススキ(壁などの素材?)が出土しました。焼失した住居ですが、火事などで焼けたのでなく、ある程度片付けてから火を放って処理したものと思われます。住居として使わなくなった後に大量の土器が投棄されていて、出土した土器の多くは東海地方の物でした。

脇本遺跡は東は伊勢に、西は河内平野に通じる横大路と呼ばれる東西の幹線道路沿いにあります。古代から近代に至るまで利用され、古代においては政治的に重要な道だったでしょうね。
初瀬川の水運も利用され諸国のあらゆる物が入ってきて、三輪山の麓にあった海石榴市(つばいち)もどんなに豊かな市場だったか想像に難くありません。

人口増加などの自然な集落形成ではなくて、弥生時代後期、古墳時代中期、飛鳥時代と断続的に営まれた集落で「雄略天皇の泊瀬朝倉宮」ということを無しにしても長期にわたって政治的な要因を考えさせられる遺跡だそうです。

とても分かりやすい説明で、おもしろい内容でした。
車椅子を使うのは手術の次の日だけと心に決めて入院生活を送ってこの日に備えた甲斐がありましたぁ〜
帰りはリハビリを兼ねて橿原神宮前駅までテクテクと歩きました。
大満足。


 

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2007年08月06日

退院

退院しました???[???i?????????j
交通事故で骨折して金属のプレートで留めてあったのを外す、いわゆる抜釘と言うのをすませてきました。

やれやれ3年弱かかりました。
せっせとウォーキングに励み、おじゃこの和え物や鰯や秋刀魚を梅干しとお酢で煮て骨までバリバリ食べ、サバの中骨せんべいをおやつにしていた甲斐があって、しっかり骨がプレートに巻き付いてございました?????[???i???j

涼しくなる頃に、再びウォーキングを再開する予定。
しかし、入院中に看護士さんに足の裏の魚の目に気をつけるように注意されました。

今はまだいいけど、高齢者には足の裏の魚の目が転倒の原因になったりするそうです。今から、歩き方に気を付けたり、靴選びや中敷を使うなどして魚の目ができないようにしとかなくちゃ。

事故後の入院の時もそうだったけど、転倒して動けなくなってから認知症が進んだ患者さんが結構いらっしゃいます。

万全の方法で手術に臨んでくださった先生、毎日お世話下さった看護士さん達、フットケアまでして下さった婦長さん、ありがとうございました。

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posted by charon(amonohi) at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする